<お屠蘇にまつわる赤酒のQ&A>
お屠蘇の由来は?
お屠蘇が最初に出てくるのは、四世紀に書かれた中国の「肘後法(ちょうごほう)」という文献。それによると屠蘇酒は、三国時代の名医・華陀が作ったもので、元旦にこれを飲めば、病気や全ての不正の気をさけることができると記されています。
このお屠蘇が日本に伝わったのは奈良時代から平安時代にかけて。当時は宮中の儀式として飲まれていましたが、江戸時代になると広く庶民の間に浸透し、それが現在まで続いています。
屠蘇散(お屠蘇の袋)の中身は?
屠蘇散の散とは、本来は粉にした薬のことですが、一般の屠蘇散は漢方に用いられる植物を粉にしたもので、基本の5種類は、キク科の多年草オケラの根を乾燥させた「白朮(びゃくじゅつ)」、秋の山野草「桔梗(ききょう)」、クスノキ科の常緑樹カシアの樹皮及び根皮を使う「桂皮(けいひ)」、ミカン科の低木「山椒(さんしょう)」、日本には自生しない、中国産の風邪を防ぐ植物「防風(ぼうふう)」。その配合は製造元によって異なります。東肥赤酒に添付の屠蘇散は、屠蘇の基本配合をふまえたうえで赤酒の風味に合うように、特別に調合したものです。
屠蘇散の使い方は?
まず大晦日の夜、大きめの瓶にいれた赤酒に屠蘇散を浸します。屠蘇散は袋状のバックの中に入っており浸透しやすいので、あまり長時間浸しておくと出過ぎてしまいます。途中、味をみて、好みに応じて引き上げるとよいでしょう。もちろん、長時間浸して十分な薬効を期待してもよいでしょう。また、お好みにあわせて日本酒を加えてもおいしくいただけます。
そして元日の朝、年末に作っておいたお屠蘇を器に移し、床の間やお正月飾りのある、その家で一番神聖な場所に置きます。そこで「お屠蘇」は儀式用の神聖な飲み物へと変わります。
赤酒を屠蘇にするのは熊本だけ? 普通は何を飲む?
赤酒は熊本地方だけのもの。一般には清酒、みりんが多いようで、清酒とみりんを混ぜて飲む場合もあります。
熊本のお屠蘇は、なぜ赤酒?(歴史的背景)
江戸時代、熊本(肥後細川藩)では「御国酒」として保護され、赤酒以外の酒の製造は禁じられ、また他藩の酒は「旅酒」とよばれ、その流入を禁じられていました。明治維新以降、清酒が伝わり、赤酒にとってかわるようになりましたが、赤酒は熊本の「地酒」として愛飲され続けました。赤酒は今でも故郷のお酒ということで、お神酒やお屠蘇やお祝いの酒でのお酒として用いる風習が残っています。
赤酒は飲みやすいけどちょっと甘すぎるのでは?
確かに赤酒は、誰もが飲みやすいように、またお料理に使ってもよいように、かなり甘めに仕込んでいます。「甘くてちょっと」という方は、清酒で割って飲むとよいでしょう。赤酒は元来清酒の仲間で、作り方も同じなので相性は抜群です。是非おためし下さい。
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